惜別...宇都宮・高崎線の115系

Make suburban train series 115's farewells.


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写真で見る宇都宮・高崎線の115系 その8
[8]:115系との別れ
この頃には並ぶシーンは貴重だった
03/03/05 上野にて
積極的にラッシュ時にも参加していた
04/08/02 大宮にて
惜別...
04/08/02 大宮にて
しめやかな引退表示
T.Uさん提供
最終日前夜の語らい
05/01/14 東大宮操車場にて
さよなら115系(先頭車)[HM拡大]
05/01/15 大宮にて
最後尾を狙うファン達
05/01/15 大宮にて
115系最終日同様にサボ付
05/01/15 大宮にて
サボをフル活用(号車・列車名)
05/01/15 大宮にて
■ひとこと
引退説は流れるものの、一向に引退することのない115系でしたが、 2004年8月末には(通常の営業運転の)引退日が2004年10月15日と正式に決定しました。 引退の2ヶ月前ぐらいにはY377編成の先頭車に「さようなら115系」というシールが貼付されました。 そして2004年10月15日、3551M(上野20:45→宇都宮22:15)の列車を以って定期列車での営業運転を引退しました。 正式な引退はその8日後である10月23日で、臨時快速「那須ハイク号」でした。 大宮〜黒磯間の臨時列車で、この時にもヘッドマークが掲げられることも無く、 高崎線の時とは異なり本当にしめやかに引退しました。

その後、しばらくは動きがありませんでした。 12月に団体貸切による最終運転列車が運転されることになりました。 その列車は1月15日に運転され、上野10時41分15番線から発車しました。 黒磯には午後1時15分に1番線に到着するという、メモリアル列車になりました。 こうして115系は上野から、宇都宮線から、去っていきました。

さよなら列車は各駅や沿線でファンに迎えられましたが、 その前日には東大宮操車場で留置中の編成が全て起電、 前照灯・後尾灯が点灯され、電動発電機の音が静かに操車場付近で響いていました。 何があったのかはわかりませんが、それは引退した115系達の最後の語らいのように見えました。 ありがとう115系。様々な名場面を残してその歴史に幕を閉じました。

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